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憧れのフードライター!だけど…という記事


 メリル・ストリープがジュリア・チャイルドを演じた映画「ジュリー・アンド・ジュリア」にも、本人役で出演した、アメリカのフードライター、アマンダ・ヘッサー。彼女が興味深い記事をFOOD52というサイトに書いていました。ざっと、翻訳してみました。

未来のフードライターへ  by アマンダ・ヘッサー

 この10年、ほぼ毎週のように、私のもとには仕事についての相談が届く。迷惑メールに振り分けられない限り、すべてに返事をしてきた。なぜそうするかというと、自分もそういう時期があったから。当時、助けてもらったぶん、お返しをするつもりだ。

 もうひとつ、自分勝手な理由もある。新しい考えを持つ、若い人に会い、その後の成長を見ていきたいのだ。まるで物語のように、一部始終を観察できる。話をした何人かは本を出版したり、自分で会社を起こしたり、うちで雇ったりもしている。その他多数の人たちは、法律やファッション、建築などの分野で成功を収めている。

 最近、驚いたことは、意欲的なフードライターについての支持してきた私の熱弁が、急激に、突然変わったということ。5年前なら、どうしたら数少ないグルメ雑誌で仕事をとれるか、自分の本を出すためにどうしたらいいか、を話していただろう。たとえば、料理学校に行けとか、レストランで働けとか。それから、「LATimes」といった有力紙や「Saveur」、「Gourmet」といったグルメ雑誌で仕事を得るためのきかっけをつくる方法(たとえば、エディターに顔合わせして、覚えてもらう、有力誌ではなく、エディターの目に留まりやすい「Edible」や「Gastronomica」といった小さめの出版社の雑誌にあたる、定期的に手紙をだし、エディターの注意を引く、自分で焼いたパンや菓子をエディターに送る、など)、なんていうのを教えたこともあった。簡単な道のりではないけれど、やってみる価値あり、とばかりに励ましてきた。

 2年ほど前、こうしたアドバイスをやめた。フードライターになるために、すべてを捨てるつもりの人たちに、責任ある発言ができないと感じたからだ。ごく少数の人たちをのぞけば、フードライターとして食べていくのはほぼ不可能であり、その状況はますます悪くなっている。

 たとえば、私がこのサイトで仕事をしていなければ、フルタイムのフードライターではいられない。たとえ経験もあり、ベストセラーの本を書いたとしても、生活は成り立たないのだ。10年くらい前までは、常勤のフードライターなら年間8万~15万ドル、フリーランスでも1語あたり2ドルを稼げた。今、そんな仕事はほぼないはず。ウェブでの仕事は年収3万5000~6万ドル、1語25~75セント程度だろう。新しい雑誌(あればの話)はギャラが悪い。うちのライターに聞いてみるといい。

 それに、ギャラが増えないという問題がある。4万ドルでスタートして、8万ドルになるなんてことは、もはやない。4万ドルで納得するか、辞めて、才能ある若手に席を譲るか。ギャラが4万ドルの上、経費もでない、旅費も限られているというように、うまみも少ない。1998年、ニューヨークタイムス紙は、私を2週間のフランス出張に出した。今では、考えられないことだ。というわけで、「ライターになりたい」という人が相談に来たとしたら、私は完膚なきまでに夢を壊すことになる。希望に満ちた人を、まったく違う道へと誘う前に、少し釘をさす。

 そこで、ブログを始めたり、雑誌に売り込んだり、本の出版を目指すのもいいが、生活の糧を執筆業に頼る代わりに、出版社からの拒否で傷つく代わりに、妥当な金額を得ようと奮闘する代わりに、食業界で他の仕事を探すように言いたい。今、私たちは大きな変化のもとにいる。人と違うことができるチャンス、食べ物を買って、食べることについての考え方をシフトするチャンス、新しいことができるチャンス、新規ビジネスを始めるチャンスなら今だ。これが今、することだと思う。

 落ち込まないで。この新しい時代はむしろ以前よりいい。文章がうまい人なら誰もが歓迎される時代だ。私がこの仕事を始めた1990年代は、パン職人になろうと思っていた。が、当時は飲食業界にいながら、ライターとして仕事をすることはできなかった。ライターの世界には、プロじゃないライターを低くみる風潮があり、シェフが料理本を書いたり、養鶏家が鶏の飼育方法を本にしたりすることに、批判的な雰囲気があった。

 傍観者は実行する人を退けるというシステムは、まったく筋が通らない。今では、みんな“実行する人”に耳を傾ける。「Prune」のシェフ、ガブリエル・ハミルトンや、巨大企業モモフクの設立者にして、雑誌「LuckyPeach」を刊行したデヴィッド・チャン、「An Everlasting Meal」を書いた料理人であり、CSA(地域密着型農業)を手がけるタマー・アドラーがいい例だ。

 ブログは、よくも、悪くも、この排他的なシステムを変えた。「Food & Wine」誌やNYタイムス、「Gourmet」誌といった出版物から締め出された人々にとっては、新しい舞台となったし、最終的にはほとんどが脱落するとはいえ、新しい、より民主的な、そして競争の激しいステージを作ることになった。人気ブログは独自のブランドに成長し、その他はもがき、飢え、収入のない趣味として存在することになる。ブランドを構築した、才能ある書き手、あるいは写真家は私がNYタイムスの常勤ライター(フードライターとしては最高の仕事)だったころには夢にも思わない額を稼ぐことができる。彼らが稼げる理由は、ひとつにはブログが大ブレイクする以前から始めていたということもあるのだが、大方は広告主が大金を払ってでもアプローチしたい多くの、固定読者を獲得していることにある。その先見の明とビジネス力は大いに称したい。

 また、ブログは原稿を安い商品にしてしまった。それによって、広告費も少なくなり、原稿料を抑えようとするプレッシャーも大きくなった。

 ブログでブランド構築を目指すこともできるが、一寸先は闇。書くことは、いくつか自分の興味のあることのひとつとして考えるといい。仕事は起業家の心づもりで考えたほうがいい。あなたのライフスタイルはまだ豊かとは言えないかもしれないが、この先はあなた次第。他にもまだまだいろいろな、そしてのめり込める仕事に出会えるチャンスがある。私もそんな風にキャリアを始めたかった、正直なところ。


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